前立腺肥大症
前立腺肥大症とは
「最近、尿の勢いが弱くなった」「夜中に何度もトイレに起きる」…
このような排尿に関するお悩みは、中高年男性に非常によく見られる症状です。
これらの症状は「男性下部尿路症状」と呼ばれ、その原因の一つとして「前立腺肥大症」が挙げられます。
前立腺肥大症は、年齢とともに前立腺が大きくなることで、尿の通り道(尿道)が圧迫され、排尿に関する様々な症状が起こる病気です。ほとんどの人に認められる生理的な加齢現象ですが、悩まれている方も多く泌尿器科で一番多く見る疾患です。
症状
前立腺肥大症に伴う症状は多岐にわたり、主に以下の3つのタイプに分けられます。
これらの症状は、日常生活の質(QOL)を低下させます。
①蓄尿症状 (尿をためる際の症状)
- 頻尿: 昼間や夜間にトイレに行く回数が多い。特に夜間頻尿(夜中に2回以上トイレに起きる)はQOLに影響します。
- 尿意切迫感: 急に強い尿意を感じ、我慢するのが難しい。
- 切迫性尿失禁: 強い尿意を感じた後、我慢できずに尿が漏れてしまう。
②排尿症状 (尿を出す際の症状)
- 尿勢低下: 尿の勢いが弱い
- 尿線途絶: 尿の途中で流れが途切れる
- 排尿遅延: 尿を出し始めるまでに時間がかかる
- 腹圧排尿: 尿を出すために、お腹に力を入れる必要がある
③排尿後症状 (排尿後の症状)
- 残尿感: 排尿後も膀胱に尿が残っている感じがする
- 排尿後尿滴下: 排尿を終えて、便器から離れた後などに、不随意に尿が漏れる
注意すべき合併症
前立腺肥大症は、放置すると以下の危険な合併症を引き起こす可能性があります。
症状を自覚したら病院を受診しましょう。
- 尿閉 :
急に尿が出なくなる状態です。風邪薬、抗不安薬、アルコールなどがきっかけで起こることもあります。 - 肉眼的血尿 :
前立腺の腫大に伴い、微細な血管が増えることで出血しやすくなります。 - 膀胱結石 :
尿が膀胱に停滞しやすくなることが原因とされています。 - 尿路感染症 :
尿の停滞や、高齢者に多く見られます。 - 腎不全 :
肥大した前立腺が膀胱や尿管を圧迫し、尿の流れを妨げることで、腎臓の機能が低下することがあります。
診断・検査
前立腺肥大症は以下の検査で診断、重症度を評価します。症状の評価だけでなく、他の病気との鑑別も重要です。
基本的な流れはエコー検査で前立腺の大きさを測定し、尿流測定や残尿測定で排尿機能の評価を行います。
- 問診:
症状や病歴を詳しくお伺いします。 - IPSS(国際前立腺症状スコア):
排尿の症状の重症度を点数で評価します。
IPSSは0~35点で軽症(0~7点)、中等症(8~19点)、重症(20~35点)に分類されます。 - 身体所見:
お腹の触診で膀胱の張りを確認したり、直腸診で前立腺の大きさ、硬さ、しこりの有無を評価します。 - エコー検査:
前立腺の大きさや形、膀胱内の状態(結石や腫瘍など)を確認します。 - 尿検査:
尿路感染症、膀胱がん、尿路結石、糖尿病など、他の病気の有無を調べます。 - PSA検査:
血液検査で、前立腺がんの可能性を調べます。 - 尿流測定:
排尿の勢いを客観的に評価する低侵襲な検査です。 - 残尿測定:
排尿後に膀胱に残る尿の量を、エコー検査で測定します。
治療
前立腺肥大症の治療は、患者さん一人ひとりの症状の程度、生活への影響などを考慮して選択します。
多くの方は侵襲の少ない薬物療法で改善を見込めます。
薬物療法
α1遮断薬
- 働き:
前立腺や膀胱の出口の筋肉をリラックスさせ、尿の通りを良くすることで、排尿困難や頻尿などの症状を改善します。
前立腺肥大症の基本治療であり、比較的早い時期から効果が現れます。 - 代表的な薬剤:
ハルナール、フリバス、ユリーフなど - 主な副作用:
めまいや立ちくらみ、射精障害、鼻づまりなどがあります。
5α還元酵素阻害薬
- 働き:
男性ホルモンの働きを抑え、前立腺そのものを小さくすることで、症状を改善します。
特に前立腺が大きい方(30mL以上が目安)に推奨されます。 - 代表的な薬剤:
アボルブなど - 注意点:
前立腺がんのスクリーニングで用いられるPSA値が約50%低下するため、前立腺がんの評価をする際には注意が必要です。
勃起不全や射精障害、性欲低下などの性機能に関する副作用が現れることがあります。
PDE5阻害薬
- 働き:
前立腺や尿道の筋肉をリラックスさせ、下部尿路症状を改善します。
勃起不全(ED)にも効果があることが知られています。 - 代表的な薬剤:
ザルティアなど - 注意点:
狭心症の薬など、硝酸剤や一酸化窒素供与剤を服用中の方は使用できません。
β3作動薬
- 働き:
膀胱平滑筋を弛緩させ、尿をためる機能を高めます。これにより尿意切迫感や頻尿を改善します。
α1遮断薬で排尿症状が改善した後も頻尿症状が残る場合に、併用が検討されます。 - 代表的な薬剤:
ベオーバ、ベタニスなど - 注意点:
β3作動薬は、抗コリン薬に比べて口渇や便秘といった副作用が少ないという特徴があります。
排尿障害を引き起こす可能性があるため、症状の強い前立腺肥大症の患者方は注意が必要です。
抗コリン薬
- 働き:
膀胱の過剰な収縮を抑え、尿をためる機能を高めます。 - 代表的な薬剤:
ベシケア、トビエースなど - 注意点:
排尿困難、残尿量の増加、尿閉を引き起こす可能性があり、使用には注意が必要です。
また、便秘、口渇の副作用があります。
手術療法
薬物療法で十分な効果が得られない場合、症状が中等度から重度である場合、または尿閉や尿路感染症、血尿、膀胱結石などの合併症がある場合に検討されます。
現在では様々な術式があり、患者さんの前立腺の状態や全身の状態、医療施設の設備などを考慮して選択されます。
経尿道的前立腺切除術(TURP)
尿道から内視鏡を挿入し、肥大した前立腺組織を電気メスで削り取る、最も広く行われている標準的な手術です。
ホルミウムレーザー前立腺核出術(HoLEP)
レーザーを用いて、肥大した前立腺組織を周囲の膜からくり抜くように剥離し、体外に吸引する手術です。前立腺の大きさに関わらず適用可能で、出血が少ないという利点があります。
レーザー光選択的前立腺蒸散術(PVP)
緑色レーザーを肥大した前立腺に照射し、組織を蒸発させて小さくする手術です。出血リスクが少なく、カテーテル留置期間や入院期間が短い傾向があります。
経尿道的水蒸気治療(WAVE)
内視鏡下で前立腺に高温の水蒸気を噴霧し、その熱エネルギーで前立腺組織を壊死させる新しい治療法です。性機能への影響が少ないことが報告されています。2022年9月1日より日本国内で保険適用となりました。
経尿道的前立腺吊り上げ術(PUL)
膀胱鏡下で、前立腺組織に小さなインプラントを埋め込み、肥大した組織を牽引して尿道の内腔を広げる手術です。術後の射精障害などの性機能障害を起こす可能性が低いという特徴があります。2022年4月1日より日本国内で保険適用となりました。
生活の注意点
前立腺肥大症の症状を和らげるためには、以下の対策も大切です。
食生活の工夫
- カフェインやアルコールの過剰摂取は、特に夜間の頻尿を悪化させる可能性がありますので、夕方以降は控えめにしましょう。アルコールは、稀に尿が出なくなる尿閉を引き起こすことも報告されています。
- 肥満、高血圧、高血糖、脂質異常症といった生活習慣病は、前立腺肥大症の症状を悪化させるリスク因子となりえます。適度な運動とバランスの取れた食生活を心がけ、健康的な体重を維持することは、症状の改善につながることがあります。
排便習慣と体の冷え対策
- 規則正しい排便習慣を意識することは、便秘による夜間頻尿などの尿路症状の改善に役立つことがあります。
- 長時間の座りっぱなしや、下半身の冷えは膀胱の症状を悪化させる可能性があるため、注意しましょう。
服用中の他の薬に注意
- 他科で服用している薬(特に抗コリン作用を持つ風邪薬、精神安定剤、抗不整脈薬など)が、排尿困難や尿閉を誘発・悪化させる可能性があります。
他の医療機関を受診する際は、現在服用中の前立腺肥大症の薬を必ず伝えてください。
